★育児日記★


by CHINAMAMA377

3月11日から

                 3月11日から

 3月11日からの日記は書かなかった。

 子供たちにこう言いましたーー
 地球が骨折してしまって、今杖がないまま、いたいから回るのが難しくなった。なので、時々転びそうになり、うちも大地も一緒にゆれてしまう。

 友達はこう言ったー
 「地球が怒ったよ。」

 でも、「ママ、放射能ってなに?」って聞かれたらすこし難しい。
 どんな形?どんな色?どんな味?どこまで行く?

 3月11日前のある日、ラジオで中国語講座(?)で、中国唐山大地震の映画を偶然聞きました。偶然といえば、母親が息子を救うと言ったのを聞いた。それを聞いてすぐラジオの電源を切りました。娘を見捨てて息子だけ助けたい母親の気持ちが分からなかった。知りたくもなかった。
 そのとき、もし、私がその母親だったら?と、自問しなかった。

 その後の出来事は知らないまま、11日の大地震を迎えました。

 地震が来たとき、私は息子をベビーカーに座らせ、一緒に外で娘を待っていた。
 娘のジャジャが学校から帰ってきたばかりで、二階におもちゃを取りに行った。いつもはランドセルを玄関においてすぐママと一緒に出るけど、その日は特別だった。 
 いつも2時45分家に着くので、地震のときジャジャが二階に一人でいた。
 
 もう二度と娘に会えないと、そのとき思いました。
 でも、ベビーカーを手放しして家の中に行ったら、息子に二度と会えない可能性もあると思いました。ベビーカーから降ろしてだっこして中に入ることも考える余裕がなかった。

  生まれて初めて死別の恐怖に襲われた。

  その恐怖は、一生も忘れられないだろう。

  家や道や電信柱みんなまだ揺れていたとき、ジャジャはママのところに走ってきた。大泣きしていた。
  ジャジャは、そのときママのことをどう思ったのでしょうか?「ママ、助けて!」と呼んだとき、ママが来てくれなかった。
  聞こえなかった。聞こえたとしても、トトを置いて行けたのでしょうか?

  偶然にも、神様が私をそんな立場に立たせた。
  許してください。
  映画の中の母親を、簡単に批判してしまった罰でしょうか?
  私の心の声は、神様しか聞こえなかったはず。あの日、一人でラジオを聴いていた。3月11日の前のある日。
  それは映画の内容だと、地震の後国際電話で知った。

  ジャジャはママを一言も責めなかったけど、ママの心が暗闇に沈んだ。
  ごめんね。
  神様がわが子を見逃してくれても、ママはジャジャに言いたいーー
  ごめんね。

  その後、原発事故、放射能、野菜汚染、水源汚染・・・

  私は、いかにも弱い者だと、子供を前にしてようやく分かりました。

  日本人の落ち着きが分かりづらい。でも、その落ち着きに敬意を払わなければならない。
  
  私は最初から崩れた。ぼろぼろ。

  神様が、地震を使って人間の世界を襲ってきました。

  無差別で。一部の人間を連れ去って、もう一部の人間を悩ませ。

  神様、子供たちをほっといてください。

























  

  

  


 

 
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by chinamama377 | 2011-03-23 21:34 | 育児日記