★育児日記★


by CHINAMAMA377

<   2011年 03月 ( 2 )   > この月の画像一覧

「いい歳をした大人が」

  ネットでいろいろ見たら、関西でも水を買いだめする人がいるという記事がありました。
  「いい歳をした大人が・・・」

  大人と言っても、その家に小さい子か孫がいるかもしれません。小さい子たちを守るために、人の目なんか気にしなくなり、買いだめの風に巻かれてしまうのも普通だと思います。

  でも、私は、二歳のトトを連れて買いだめどころか、買いに行くのも難しい。おじいさんおばあさんも買いだめしない主義、パパも買いだめ反対派です。
  でも、このような立派な大人たちこそ、わが子を守れません。

  水が心配になった今、妊娠中の友達に頼んでダンボール二つ分の水を買ってもらいました。大阪の親戚もダンボール二つ分送ってくれました。でも、これらの水を使い終わったら?

  放射能が関東の上空を彷徨い、今日の雨でまた川や地下水を汚染するかもしれません。また水道水の汚染がひどくなったら?

  私は、その「不検出」を信用しません。もう溢れた嘘にあきれました。
  放射能の数値が1だとしても、わが子には飲ませたくないのは、普通の親の気持ちです。

  今日、乾麺を茹でたとき、水を沢山使いました。普段は水道水で洗って、スープをかけて食べますが、今日は茹で上がってそのまま食べました。ミネラルウォーターで茹でたのです。しかも、子供二人分です。
  食物安全にうるさい私でも、今わが子を守るために、自分が水道水を飲みます。自分が買いに行っても、一本しか手にいれないのです。二歳の子を連れてスーパーを何回も回ることが不可能です。

  「いい歳をした大人」たちは、水を好きなだけ買っていますが、小さい子のためであるかもしれません。責められません。私だって、放射能の入っている水は飲みたくはありません。

  誰をも責める必要がありません。亡くなってもいい命は、ありません。

  でも、せめて、小さい子を連れているお母さんやお父さんたちに、二本買わせてもらいたいと思っています。大人に影響がないというならば。

  災難があるとき、頼りになるのは家族ですが、うちの家族はみんな日本の「良民」でして、水一本も買いだめしてくれません。もし大変な事態になったら、わが子はただ国が水を配るのを待つのでしょうか?
 
  今日、遠方の友達から野菜をいっぱい届きました。心境がすこし晴れました。もう一週間日本政府の対応を見てみましょうと思いました。
  地震があった日から、もうわが子をここに置きたくないと、毎日思っています。、でも、先進国の日本なら、きっと迅速に対応できるはずだと、信じていました。

  一生も忘れられないこの時期です。思い出にはならないですが、人生の経験になりました。将来、もし孫が不幸にもこんなひどい事態に遭ってしまったら、私も遠慮なく買いだめの大軍に参加するでしょう。子供たちのおじいさんおばあさんと違って、自粛しないおばあさんになるのに違いないと思います。

  許されないのでしょうか?聞いて欲しい。
[PR]
by chinamama377 | 2011-03-25 20:31 | 育児日記

3月11日から

                 3月11日から

 3月11日からの日記は書かなかった。

 子供たちにこう言いましたーー
 地球が骨折してしまって、今杖がないまま、いたいから回るのが難しくなった。なので、時々転びそうになり、うちも大地も一緒にゆれてしまう。

 友達はこう言ったー
 「地球が怒ったよ。」

 でも、「ママ、放射能ってなに?」って聞かれたらすこし難しい。
 どんな形?どんな色?どんな味?どこまで行く?

 3月11日前のある日、ラジオで中国語講座(?)で、中国唐山大地震の映画を偶然聞きました。偶然といえば、母親が息子を救うと言ったのを聞いた。それを聞いてすぐラジオの電源を切りました。娘を見捨てて息子だけ助けたい母親の気持ちが分からなかった。知りたくもなかった。
 そのとき、もし、私がその母親だったら?と、自問しなかった。

 その後の出来事は知らないまま、11日の大地震を迎えました。

 地震が来たとき、私は息子をベビーカーに座らせ、一緒に外で娘を待っていた。
 娘のジャジャが学校から帰ってきたばかりで、二階におもちゃを取りに行った。いつもはランドセルを玄関においてすぐママと一緒に出るけど、その日は特別だった。 
 いつも2時45分家に着くので、地震のときジャジャが二階に一人でいた。
 
 もう二度と娘に会えないと、そのとき思いました。
 でも、ベビーカーを手放しして家の中に行ったら、息子に二度と会えない可能性もあると思いました。ベビーカーから降ろしてだっこして中に入ることも考える余裕がなかった。

  生まれて初めて死別の恐怖に襲われた。

  その恐怖は、一生も忘れられないだろう。

  家や道や電信柱みんなまだ揺れていたとき、ジャジャはママのところに走ってきた。大泣きしていた。
  ジャジャは、そのときママのことをどう思ったのでしょうか?「ママ、助けて!」と呼んだとき、ママが来てくれなかった。
  聞こえなかった。聞こえたとしても、トトを置いて行けたのでしょうか?

  偶然にも、神様が私をそんな立場に立たせた。
  許してください。
  映画の中の母親を、簡単に批判してしまった罰でしょうか?
  私の心の声は、神様しか聞こえなかったはず。あの日、一人でラジオを聴いていた。3月11日の前のある日。
  それは映画の内容だと、地震の後国際電話で知った。

  ジャジャはママを一言も責めなかったけど、ママの心が暗闇に沈んだ。
  ごめんね。
  神様がわが子を見逃してくれても、ママはジャジャに言いたいーー
  ごめんね。

  その後、原発事故、放射能、野菜汚染、水源汚染・・・

  私は、いかにも弱い者だと、子供を前にしてようやく分かりました。

  日本人の落ち着きが分かりづらい。でも、その落ち着きに敬意を払わなければならない。
  
  私は最初から崩れた。ぼろぼろ。

  神様が、地震を使って人間の世界を襲ってきました。

  無差別で。一部の人間を連れ去って、もう一部の人間を悩ませ。

  神様、子供たちをほっといてください。

























  

  

  


 

 
[PR]
by chinamama377 | 2011-03-23 21:34 | 育児日記